退懲戒解雇と退職金の不支給
〜懲戒解雇を行うとき、懲戒であれば退職金は支払わなくてよいか?
中小企業法務研究会 労働部会 弁護士 木山 生都美 (2014.08)
Q.
A社において部長の地位にあったBが、その地位を利用して、入手困難な人気歌手のライブチケットを購入し、ダフ屋に転売して高額の利益を得ていたことが判明しました。A社には、懲戒解雇がなされた場合には、退職金は支給しないという就業規則があったので、これに従い、Bを懲戒解雇し、退職金を支給しないこととしました。Bは、自分はしてはいけない行為はしたが、退職金を支給しないのはおかしいと主張しています。Bの主張は認められるのでしょうか?
A.
1)まず、本件は、懲戒解雇の場合には退職金を支給しないという規定が就業規則に存在し、その就業規則に基づき退職金を支給しないという判断をしたことが前提の事例になります。そもそも、退職金は必ず支給しなければならないものではなく、就業規則などで明確に定められていなければ支給されません。そして退職金を支給するとされている会社については、退職金を支給しない場合をもうけるのであれば、その旨の定めをおく必要があるのです。従って、そもそも、懲戒解雇の場合には退職金を支給しない旨の就業規則がなければ、懲戒解雇であっても、基本的に、退職金を不支給とすることはできないのです。
2)次に、本件事例のように、懲戒解雇の場合に退職金を不支給とする旨の就業規則がある場合は、どうでしょうか。
この点、判例においては、このような就業規則の規定があったとしても、懲戒解雇であれば当然に退職金を全額没収することはできないとされ、懲戒解雇の具体的内容に照らし合わせて個別に判断することとされています。
そして、判例においては、退職金は賃金の後払的性格を有するため、退職金を不支給とするには相当の合理的な理由が必要であり、特に退職金全額を不支給とするには、「当該従業員の永年の勤続の功労をすべて抹消してしまうほどの著しい不信行為があった場合」に限られると解されています。これは多額の横領等といった極めて限定的な場面を想定しているようであり、基本的に、よほどのことがない限り、全額不支給は認められない傾向にあるようです。
なお、その場合であっても、懲戒解雇の内容や会社の損害の程度、解雇に至った経緯等様々な事情を考慮して、退職金の一部不支給は認められています。
3)では、本件事例はどうでしょうか。本件事例は、平成19年12月6日の東京地裁判例をもとにしていますので、一応この判例が参考になるでしょう。
同判例では、懲戒解雇の有効性及び退職金の不支給が争われました。そして同判例は、会社の業務に密接に関連する非違行為であること(営業用として確保されていた希少なチケットを通常人と異なったルートで入手できるという業務上の特殊な地位を前提として初めて敢行し得るものであり、本件売却により会社の取り扱いに対する批判非難が生じ得るから)、暴力団関係者と接触しての利害行為であるという行為であること、本件売却が明らかになった場合に生じる会社に対する社会的な非難等から、本件売却の非違行為は重大であり懲戒解雇が相当であり、そのような行為である以上、会社が不支給条項を根拠として、退職金を全額支給しないことには理由がある旨判示しています。
上述したように、全額不支給は認められない傾向にあり、本判例は、全額不支給を認めた数少ない事例といえます。