経歴詐称
〜経歴詐称が懲戒解雇事由となる場合とは?
中小企業法務研究会 士業部会 労働部会 弁護士 木山 生都美(2014.12)
1 経歴詐称について
経歴詐称とは、労働者が使用者に対して、履歴書や採用面接に際して、職歴・学歴・犯罪歴等の経歴を偽り、もしくは真実を秘匿することをいいます。
ところで、労働契約は、労働力の給付を中核としながらも、使用者と労働者との間の信頼関係に基礎をおく継続的な契約関係であり、使用者が労働者の採用にあたり、その採否を決定する判断資料の一つとして、労働力評価に直接関わる事項や、企業秩序の維持に関係する事項について、必要かつ合理的な範囲内で申告を求めることは、至極当然であるといえます。
従って、労働者は、労働契約の締結に当たり、これらの事項につき、信義則上真実を告知すべき義務を負うとされています(以上につき、スーパーバッグ事件 東京地裁昭和55年2月15日判決参照)。
2 経歴詐称と懲戒解雇
経歴詐称は、上記の告知義務に違反し、企業秩序をかく乱する労働者の行為であるといえ、これに対し、使用者が制裁としての懲戒解雇処分をなし得ることは、労働契約の性質上当然のことといえます。
しかしながら、多くの裁判例は、経歴詐称があったとして、直ちに懲戒解雇が認められるとは判断しておらず、重要な経歴を詐称した場合であることが必要であるとしています。
そして、重要な経歴詐称とは、職場の秩序を乱すような、労働者の採否の決定、あるいは採用後の労働条件の決定に影響を及ぼすような経歴についての詐称であり、当該偽られた経歴について、通常の使用者が正しい認識を有していたならば雇用契約を締結しなかったであろう経歴の詐称を意味するとされています。
簡単にいうと、当該経歴の詐称により、使用者の当該労働者に対する評価を誤らせて、採用そのものや給料等といった条件、また使用者の経営そのものに影響を与えるような経歴の詐称である必要があるのです。
この点は、当該詐称の内容や当該労働者の職種などに即して、個別具体的に検討することになるでしょう。
3 懲戒解雇事由と経歴詐称についての判例
通常、「最終学歴」「職歴」「犯罪歴」の詐称が重大な経歴詐称に該当し、懲戒解雇事由になると考えられており、この点については複数の判例があります。当該経歴の詐称により、使用者の当該労働者に対する評価を誤らせて、採用そのものや給料等といった条件、また使用者の経営そのものに影響を与え得るからです。
(1)最終学歴
学歴については、高く詐称する場合のみならず、低く詐称する場合にも、懲戒解雇事由に該当する(前記スーパーバッグ事件ほか、高等学校以下の学歴の者を採用する会社に、短大卒を高卒と偽り、また前職歴を秘匿して入社した例について、懲戒解雇が有効と認められた事例)。
(2)職歴
一定の専門的な能力に関係する経歴詐称について、懲戒解雇は有効である(グラバス事件、東京地裁平成16年12月17日判決、JAVA言語のプログラマーとしての能力を偽って採用された契約社員に対する懲戒解雇につき有効と判断)。
現職と同様のタクシー乗務員としての職歴を秘匿して採用された労働者に対する、経歴詐称を理由とする懲戒解雇は有効(都島自動車商会事件、大阪地裁昭和62年2月13日判決、未経験者を採用する方針をとっており経験者を採用する場合は、従前の絹先に問い合わせた後採否を決することとなっていた場合)。
(3)犯罪歴
警備保障会社において少年時代の非行歴を秘匿したことを経歴詐称としてしたガードマンに対する解雇処分は無効である(西日本警備保障事件、福岡地裁昭和49年8月15日判決)。
採用時に既に刑が消滅していた強盗、窃盗、傷害、恐喝等前科5犯の経歴を秘匿したタクシー運転手に対する通常解雇は、犯罪者の更生意欲を助長する刑の消滅制度の趣旨に照らし、消滅した前科の不告知自体を解雇の理由とすることはできず、無効である(マルヤタクシー事件、仙台地裁昭和60年9月19日判決)。→いわゆる起訴猶予事案等の犯罪歴
刑事事件で起訴され公判中であることを秘匿して入社したことを理由とする解雇が無効である(大森精工事件、東京地裁昭和60年1月30日判決、履歴書の賞罰欄にいう「罰」とは、一般に確定した有罪判決をいい、刑事事件により起訴されたことは含まないと解されている)。