弁護士法人英明法律事務所の事務所報『Eimei Law News 』より、当事務所の所属弁護士によるコラムです。

賃金の支払をめぐる問題

 〜タイムカードの打刻は始業・終業時刻を意味するか?

  中小企業法務研究会 労働部会 弁護士 木山 生都美 (2014.03)

Q. A社では、始業9時、終業6時と定められています。従業員Bは、毎日6時15分にタイムカードを 打刻して帰宅していましたが、A社は、Bに対して残業代を支払うことはしていませんでした。
  ところがその後BはA社を退社し、内容証明郵便で、A社に対して、タイムカードの打刻時間どおりに、残業代の支払いを請求してきたのです。
のタイムカードの打刻時間は、確かに毎日6時15分とされています。
  A社は、タイムカードの打刻時間に従い、Bに残業代を支払わなければならないのでしょうか?


A. 労働基準法は、労働者の生活の糧である賃金が全額確実に労働者の手に渡るようにするため、次のとおり「賃金支払の五原則」を定めています。
(労働基準法24条)
  • ●残業代は労働時間(=労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間)を
     計算して支払う。
  • ●タイムカードの打刻時間は、始業・終業時間(労働時間)を意味しない。


 残業代を請求するには、当該残業をした時間、労働時間を計算する必要があります。したがって、残業代を計算する際は、「労働時間」をどのように考えるかが非常に重要です。

 「労働時間」とは、裁判例上、一般的に「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」をいうとされています。この基準の解釈は、とても重要です。例えば、作業と作業との間の待機時間である「手待時間」は、現実に作業していなくても、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」をいうとして、「労働時間」になるとされています。

 ところでタイムカードは、労働時間を管理する一つのツールではありますが、打刻時間=「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」ではありません。ですから、タイムカードの打刻時間は、始業・終業時刻(労働時間)を意味しないのです。従って、必ずしもタイムカードの打刻時間どおり、残業代を支払う必要はありません。

 Bは毎日6時15分にタイムカードを打刻していたということですが、この15分間が、例えば電車の時刻にあわせて待っていた、夫と一緒に帰るために待っていた等という個人的な時間であれば、 使用者の指揮命令下に置かれているとはいえないので、払う必要はないでしょう。逆に、必要な仕事をして6時15分まで帰ることができなかったというのであれば、払う必要があるでしょう。

 以上のとおり、残業代を考える際は、労働時間=「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」であるか、個別具体的に検討する必要があります。タイムカードは、出社した時刻と退社した時刻が確認できますので、記録として参考にはなりますが、別途使用者の指揮命令下に置かれていたことを示す証明が必要となってくることも少なくないでしょう。

 タイムカードの打刻時間どおり、残業代を払わなければならないと思い込んでいる経営者もいると思います。「労働時間」という概念をしっかり念頭に置いておきましょう。