弁護士法人英明法律事務所の事務所報『Eimei Law News 』より、当事務所の所属弁護士によるコラムです。

債権回収を考える

    2  先取特権と請負代金

    債権回収部会  弁護士  吉開  雅宏(2014.03)

事例:Y社は、A社に対し、印刷関連装置設置の一切の工事を総額2080万円で発注し、A社はそれを履行するために、X社に対し、印刷関連装置を代金1575万円で発注した。その後、X社は、A社から代金を受け取ることなく、A社が破産した。なお、A社はY社より請負代金を受領しないまま破産するに至っている。

  1  はじめに

《事例》において、X社は、A社に売却した印刷関連装置の売却代金を何とかして回収したいと考えるでしょう。しかし、本件では、A社は倒産、印刷関連装置もY社に引き渡されているので、印刷関連装置を差押えるわけにもいきません。そこで、まだA社がY社より受け取っていない請負代金を差押えることはできないでしょうか・・・。

2  先取特権

  先取特権とは、法律の定める一定の債権者が、特に債務者と合意をしなくとも、債務者の一定の財産から他の債権者に優先して自己の債権を回収する権利をいいます(民法303条)。

3  《事例》を考える

  《事例》を検討する上で、まず必要な条文は、民法311条5号、321条「動産売買の先取特権」です。この条文の趣旨は、動産売主が売却したからこそ、それが債務者の財産を構成するに至ったのであるから、売主に優先権を与えることが公平にかなう、という点にあります。 《事例》において、X社は、A社に対し、印刷関連装置を売却しておりますので、Xは動産の売主ということになり、動産売買の先取特権の規定を考えることができます。もっとも、321条は、先取特権が「動産について存する」と規定している上、動産先取特権には追求効がないため、目的物となる動産が第三者に引き渡された後は、当該目的物自体に先取特権を行使できません。
  そこで、《事例》を検討するにあたって次に必要となる条文は、民法304条「物上代位」の規定です。民法304条によると、「先取特権は、目的物の売却、賃貸、滅失又は損傷によって債務者が受けるべき金銭その他の 物に対しても行使することができる」と規定されていますから、《事例》では、請負代金が「目的物の売却」に該当するかが争点となります。
  形式的に見れば、「請負」は「売却」に必ずしも当たりません。請負代金には、原材料の他に、労力等に対する全対価が含まれているのでこれに該当しないと考えることができるからです。後述する判例も、原則的には、これを否定しました。しかし、判例は、「特段の事情がある場合」には、物上代位が認められると判断しました。

4  最高裁  平成10年12月18日

「動産の買主がこれを用いて請負工事を行ったことによって取得する請負代金債権は、仕事の完成のために用いられた材料や労力等に対する対価をすべて包含するものであるから、当然にはその一部が不動産の転売による代金債権に相当するものということはできない。したがって、請負工事に用いられた動産の売主は、原則として、請負人が注文者に対して有する請負代金債権に対して動産売買の先取特権に基づく物上代位権を行使することができないが、請負代金全体に占める当該動産の価額の割合や請負契約における請負人の債務の内容等に照らして請負代金債権の全部又は一部を不動産の転売による代金債権と同視するに足りる特段の事情がある場合には、 右部分の請負代金債権に対して右物上代位権を行使することができると解するのが相当である。」

4  最後に

  《事例》は上記最高裁の判例を基にした事案であり、判例では、特段の事情ありと判断されています。 請負代金債権が、転売代金債権と実質的に同視できるかは、ケースバイケースで判断する他ないですが、判例が挙げている基準を基に債権回収の可能性を考察する必要性があると思われます。