弁護士法人英明法律事務所の事務所報『Eimei Law News 』より、当事務所の所属弁護士によるコラムです。

退職の撤回

  〜いったん出した退職願を、あとで撤回できるか?

    中小企業法務研究会  労働部会  弁護士  木山 生都美 (2014.05)

Q.
【1】B従業員は、A社の上司のもとで働くことを苦痛に感じており、悩んだ挙げ句、退職を申し出たのですが、一晩考えて翻意しました。そこで、翌日に出勤して、A社に退職の撤回を 申し出ました。しかし、A社からは、辞めたのだからもう来なくていい、代わりの従業員の募集をかけているので、そんなこと言われても困る、といわれ追い返されてしまいました。 Bは退職したことになるのでしょうか。
【2】Bが、A社の社長と喧嘩して、その際に、「こんな会社辞めてやる」と言ったところ、A社社長が「わかった、好きにしろ」といった場合であれば、どうでしょうか。

A.
1)  労働者が退職を申し出る場合、@辞職A合意退職の申込みがあります。@辞職は、使用者の意思に関わりなく、労働者が一方的に労働契約を解約することであり、A合意退職の申込みは、使用者と労働者双方が合意して労働契約を解約する合意解約における労働者からの申込みになります。
  合意退職は、使用者と労働者の契約ですから、労働者の申込みに使用者が承諾すれば、労働契約が終了することになるのです。これに対して辞職は、労働者の一方的な意思表示で労働契約は当然に終了し、使用者の承諾は必要ありません。
  裁判例は、この違いから、合意退職の申込みにあたる場合には、使用者の承諾がなされるまでは契約が成立していないので、一度辞めるといった労働者は撤回できるが、一方的な解約の意思表示にあたる場合には、使用者に到達した時点でもはや撤回できないとしています。

2)  では、労働者が退職を申し出る場合、@辞職とA合意退職の申込みをどのように区別すればよいのでしょうか。 労働者が退職を申し出た経緯や理由を総合的に判断するしかありません。例えば、労働者が、「転職先が確定している。」「絶対にここで働き続けることはできない。」「実家の家を継ぐことになり、遠方の実家に帰る」等といった理由を強調していれば、辞職であると判断されやすいのかもしれません。
  ただ、裁判例においては、@Aいずれか不明確な場合には、労働者の退職の意思表示を慎重に検討する観点から、A合意退職の申込みであるとすることが多いようですので、Aであると考えておくことが無難でしょう。

3)  ところで、いずれの場合であっても、退職の意思表示に、詐欺・強迫・錯誤・心裡留保等といった意思表示の瑕疵があれば、それに基づく無効又は取り消しを主張することが考えられます。 例えば、労働者を長時間一室に閉じ込めて懲戒解雇をほのめかせつつ退職を強要したり、解雇事由がないのにあるかのように誤信させて退職の意思表示をさせたりした場合には、その意思表示に瑕疵がある旨判断される可能性があるのです。

4)  以上を前提に本件事例を考えてみます。 まず、【1】について、この事情だけでは、@辞職とA合意退職の申込みかいずれかを判断すること、A合意退職の申込みであった場合、A社の承諾があったかどうかを判断することは困難であり、Bが撤回できるかどうかは不明です。
  Bの退職の申し出が、退職の申込みであり、かつ、A社が承諾していると判断されれば、撤回できず、Bは退職したことになるのでしょう。なお、意思表示の瑕疵といった点では、特に問題がなさそうです。
   次に、【2】について、@辞職であり既にA社にそれが到達している場合やA退職の申込みであるが、A社が既に承諾している場合であり、既にBが撤回できない場合であっても、Bの意思表示に瑕疵があるとされる余地があります。 すなわち、喧嘩のなかでの「こんな会社辞めてやる」という労働者の発言が、真意に基づくものではないと使用者が知っていた場合には、心裡留保として、退職の意思表示が真意に基づくものではなく意思表示に瑕疵があると判断される可能性があるからです。

5)  労働者から、退職申し出の撤回があった場合、使用者として特に問題がないのであれば、それを受け入れることもあるでしょう。ただ、労働者からの撤回は必ずしも、速やかになされるとは限らず、使用者側の事情がある程度進んでいることもあるかと思います。使用者としては、トラブルが起こらないように、退職の申し出を受けた場合には、速やかに最終的な本人の意思確認を行い、場合によっては書面を受領交付する等はしておくべきでしょう。