契約書と債権回収
1 契約書作成の意義
中小企業法務研究会 債権回収部会 弁護士 吉開 雅宏 (2015.08)
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契約はどのようにしたら成立するでしょうか。これを読まれている方の中には、契約書がなければ、契約は成立していないのではないか、と思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
しかしながら、契約の成立に契約書は不要です(任意後見契約等の一部の契約では書面が必要となります)。これは、コンビニで飲み物を買うとき(売買契約)に契約書を作成していないことからもお分かりになるかと思います。
契約が成立には、当事者間の意思の合致、すなわち当事者間で合意があれば契約は成立するのであり、口頭の合意で十分なのです。
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では、なぜ契約書を作成するのか。次の事例から考えてみましょう。
「親友だったのに…」
Xさんはごく普通の会社に勤務し、結婚・老後を見据えて堅実に貯金をしていました。
ある日、Xさんは、親友であるYさんから、50万円を貸して欲しいと言われました。聞けば、Yさんは、会社を解雇され、収入がなく生活に困っているとのことでした。
そこで、友達思いのXさんは、親友の危機を救うため、Yさんに50万円を貸しました。
1年後、Yさんが無事再就職し、安定した収入を得るようになったので、Xさんは、Yさんに対し、「以前貸した50万円を返して欲しい。」と言いました。すると、Yさんは、「君から50万円を借りたことなどない。」と言ってきました。
冒頭でも述べたとおり、契約は口頭でも成立しますので、XさんがYさんに50万円を貸した際、XさんがYさんに「50万貸すね。」、YさんがXさんに「50万円借りるね。」と合意していれば、XY間に金銭消費貸借契約(民法587条)が成立します。
そのため、Yさんは、Xさんに対し、50万円を返さなければなりません。
しかし、XさんがYさんに50万円を貸した際、契約書を作成していなかったとすると、上記のYさんのように惚けられてしまうと、50万円の回収のために話し合いを継続し、それでも解決できなければ、最終的には訴訟を提起しなければならなくなり、大変な苦労を強いられることになりそうです(証人がいたり、会話を録音していれば話は別ですが…)。
ここに契約書作成の意義を見出すことができそうです。
- @ 当事者間の合意内容(契約内容)を明確にする。
上記事例では、契約書があれば、XさんがYさんに対し、50万円を貸したことが明確になるでしょう。
そして、上記事例において、Yさんが「いつか返すね。」と言った際、「いつか」の解釈が問題となります。人それぞれ、「いつか」の解釈は異なります。そこで、この「いつか」を、契約書では、「1か月後」など明確に表現し、双方に解釈の違いをなくすことができます。
これは、契約内容が複雑になればなるほど、解釈の違いは顕著になると思われますので、複雑な契約を締結する場合、契約書を作成する意義は、飛躍的に上がります。何より、口頭の合意だけで契約を理解することなどおよそ不可能です。 - A 紛争の予防
上記事例において、Yさんが惚けたとしても、契約書があれば、Xさんは契約書をYさんに突きつけ、Yさんを一発KOすることができるでしょう。 ただし、期限が未到来であったり、時効が成立していたりすると、たとえ契約書があっても無意味な場合があるので、債権管理をすることも重要となってきます。
- B 証拠
これは、Aにも関係しますが、上記事例で契約書がしっかり残されていれば、その契約書を消失しない限り、お金の貸し借りの証拠が保全されていることになります。 そして、その契約書は、裁判において非常に重要な証拠となります。
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以上のように契約書を作成することは、契約を締結する者にとって非常に大きな効果をもたらしてくれますが、契約書を作成することに消極的な方もいるかと思われます。それは、契約書を作成している時間がもったいない、どういった契約書を作成すればよいのか分からない、取引先との関係を損なうのではないかなどの様々な理由によるものなのかもしれません。
しかしながら、契約書を作成するために費やす時間よりも、紛争発生後、それに対処する時間の方がもったいないですし、何より精神的なストレスが全然違うと思います。
また、これまで築き上げてきた取引先との信頼関係は、非常に重要だと思います。しかし、これまでの取引経過において、双方が疑問に感じていたことがあるかもしれません。この疑問を契約書によって解消しておくことは、双方にとってメリットがあり、一層の信頼関係を築くチャンスなのかもしれません。
そのため、契約書は、積極的に作成して頂きたいと思っています。
もっとも、契約書は作成すれば、オールオーケーということにはなりません。 紙面の都合上、詳細に書くことはできませんが、上記効果を確実なものにするためには、契約書の内容を正確かつ明確に作成する必要がありますが、この点については、次回以降に…