判断能力の衰えから生じる危険回避の制度
〜法定後見制度その10 法定後見人の職務と権限「取消権」
中小企業法務研究会 後見事業部会 弁護士 平岡 健太郎 (2015.08)
今回は、成年後見人の重要な権限の一つである取消権についてのお話です。
成年被後見人が行った行為について、成年後見人はこの行為を取り消すことができます。この権限のことを「取消権」といいます。この取消権は、成年被後見人本人にも付与されています。なお、日用品の購入等日常生活に関する行為については取消権の行使はできません。
成年後見人が行う取消権を行使するということは、成年後見人が本人の行為に介入してその行為が無かったことにするということですから、本人の意思と対立する場面も少なくありません。これまでお話させていただいてきたように、成年後見人は、その職務を行うにあたって本人の意思を尊重しなければなりませんので、この取消権を行使するにあたっては「本人の意思の尊重」よりも「本人の保護」を優先すべきであるかどうかを慎重に検討しなければなりません。
取消権を行使すると、取り消された行為は初めから無効であったということになります。したがって、取り消す前にお金や物などのやり取りがあった場合は、原則としてそれぞれ元の状態に戻さなくてはなりません。ただし、民法では、本人が元の状態に戻すにあたって、「現に利益を受ける限度」(これを「現存利益」といいます)において戻せばよいものと規定されています。
この「現存利益」とは、文字どおり利益が現に存在している範囲を意味しますので、本人にもはや利益が残っていない場合は、その分については元の状態に戻さなくてもよいことになります。
これを具体的にお話しますと、例えば成年被後見人本人がお金を借りて、そのお金をギャンブルなどで全て使ってしまった後、成年後見人がお金を借りた行為を取り消した場合、もはや借りたお金は本人の手元には残っていませんので、本人は借主にお金を返還しなくてもよいことになります。
これとは逆に、本人が借りたお金を他から借りた借金の返済に充てたりしたような場合は、その借金(債務)が無くなったという意味での利益が現存していると考えられるため、取り消した相手方である貸主に対してお金を返さなくてはなりません。また、本人が借りたお金を全て生活費に充て、使いきってしまった後、成年後見人がお金を借りた行為を取り消した場合は、現在も生活できているのはそのお金があったからであり、生活できているという状態自体に利益が現存していると考えられるため、やはりそのお金は貸主に返さなくてはなりません。
一見、不合理な結論のようにも思えますが、本来は、既に無くなってしまったものを返還させることは酷であるという趣旨から設けられた成年被後見人等を保護するための制度の一つです。